測量より早くて確かな炭焼きの眼力

 

この栗栖太一ちゃんと知り合ったころは、紀伊半島の南の大塔山には原生林がたくさんあって、そうでないところも原生林に近い森林でした。そういうような森林が残っていたんです。僕は、そのころ昆虫を克明に調べようと思って土日は泊まり込んで山に通っておったのですが、昆虫を調べる前に植物を調べ、植物を調べる前には森林そのものを調べなあかんというように肩肘張ったことを考えて、かなり克明に調べてました。

 

それで、太一ちゃんが炭を焼いたり木の仕事をしている間、僕はそのはた(近く)で「植生調査」をしたんです。その山にどんな木やどんな植物があって、それぞれの木がどれくらいの枝の広がりをもっていて、下草とか森林の構造がどうなっているのかというようなことを調べるのが植生調査です。

 

山の中に20メートル四方くらいに巻き尺を張って、その中に何があるかをきっちり調べるんです。でも、それを1個だけやったって山全体は分からん。だから、こういうような大きな山があるときは、その山の中で20メートル四方の四角をいくつかとるわけです。こんなにして山全体から五つか六つの面をとって、この面だけをきちっと測って集計したらこの山全体の平均が出て、こんな木がどのくらいあるかも分かるんです。これ、野外の生物調査なんかをするときの基本的なやり方です。

 

これをやるのは大変なんですよ。山へ入るとヒルは付くしダニはおるし、気づいたら首の周りが真っ赤になってた。そういう苦労しながら一生懸命やっていたら、太一のおじやんが「おまえ、何してるんな?」と見に来てくれるんです。もの好きな人でね。炭焼き窯ほっぽり出して、じきに僕のとこへ来てちょっかいを出してくる。僕のやってること見て、非常に頼りなく思ったらしいんです。

「何故、そうまでせんなんのな」って言うんで、僕が書いてできあがったやつを見せたら、「方法は面白いけど、そい間違ごうとる。もっとカシが多い」と言うんです。僕が「アカガシ」と言うのを向こうは「オオカシ」と言うし、「ウラジロガシ」のことを太一ちゃん「シラカシ」と言うんです。そのへんは調整せんなんけど、そのころには僕も富里でこの木をどんな名で呼ぶかということは大体知ってたから話はとりあえず合うんです。

 

そうやって一通り調べやったら、なんと「こい間違うとる」と言うんです。「この木もっと多い」「この木もっと少ない」と。「へえ~」って言って、また調べて調整して「こいでどうな」と聞いたら、「おお、だいぶ合うてきた」と言うてもらいました。

 

なんか、太一ちゃんはものすごう自信の固まりでね、ちょっと間違ごうただけでも「この木、間違うとる」と言う。ほんで「おいやん調べたんか?」と聞いたら、「いや、あんまり入っていない。けど、見たら分かる」と言うんです。「外から見たら分かる」、と。「おまえ、中に入ったから分からんね」、おまけに「測ったらよけ分からんで」とも言うんです。 「なぜ、そがいに分かるんな?」と聞いたら、「向こうの山見て木がどれくらい生えているか分からなんだら炭焼けるか!」と言うんです。

「わしは山見て、木の葉っぱ見て、繁り具合でなんの木がどれだけあるか見て、これで炭何俵ぐらい焼けるか考えて、それよりちょっとだけ少なめに言うて山主から山を買う。儲かりすぎんけど、ちょっと儲かって生活できるんや。それくらいのことできなんだら炭焼きできるか」

 

こんなに言われて、「ああ、なるほどなあ……まあ、やっぱり本職は本職や」と、そのときは僕もやっぱり山で長い経験のある人には勝てんもんやな、と思いました。それ以来、このおじやんに師事することにしたんです。