山の崩壊予測も聞く耳なし

 

結局ね、いろいろ山を回りながら太一ちゃんに僕が聞いたのは、そういう動物や植物のことを知るためにはまず山に寝ること、です。寝るんでも、できるだけ低くして地面に近いところで寝る。一人で這って寝てたら動物のほうから遊びに来るもんや。そうやって動物と仲良くしないと動物の生活は分かるものではない、というような話でした。大体3年から4年ぐらい経って、やっとコソコソと話をしてくれました。

 

ほんとは、こういうような見方をしてちゃんとものを考えるのが自然科学の本筋や、と僕らは思いました。それに比べて、今は動物の研究というたら、じきに首輪や発信器を付けたりする。そうせな研究できんような今の若手の研究陣というのは非常に頼りないと思うし……動物を猟する、鉄砲で撃つにしてもあちこちにいっぱい人やイヌを入れて、トランシーバーであっちやこっちと言うて撃つのは動物の生殺しで、本当の猟ないと思うんです。昔の人みたいに、イヌ1匹と1人でコツコツと動物の生活を調べながら撃つ。こういうような撃ち方をしたら動物は減らんのだろうけど……。なんにしたって、撃つこと自体、善し悪しは別として、かなりそういう面でおかしくなってるんだろうなと思います。

 

太一ちゃんと山の上で風通しのええところに座って山を見下ろしていると、コソコソといろんなことを教えてくれる。

 

戦後の拡大造林の政策で強引に植えたところは、やがて順番に崩壊していく。崩壊する理由は僕らでも分かっとるんです。スギやヒノキというのはまっすぐに立つ木ですから、根は必ず横に張るんです。これは力学的な話で当然です。上で広がる広葉樹の根は深く入る。だから、カシなんかは必ず根は深く入ります。それに対してスギやヒノキはまっすぐ伸びる木ですから、根は必ず横に伸びる。根が真横に走って隣にくっつきますね。すると、しまいに根の板ができます。だから、山の斜面にスギやヒノキの根の板ができて、その下に水が入ると必ず滑ります。

 

この話を、本当に研究したのは林野庁です。林野庁はおかしなところでしてね。一生懸命に「スギ・ヒノキを植林せえ」と言うたかと思ったら、一方では、スギやヒノキを植えたらいかに山が崩壊するかといことを研究してるんですよ。研究する部署と植える部署が別なんですかね。

 

その話を僕が太一ちゃんにしたら、「紀州の山はもっと条件いいから、そう単純にはいかん。2代目の植林が成木になったころ、ここ20年ぐらい先で、せっかく植えた植林地が大体滑る。あそこは滑る。あれも滑る。これももうじき滑る」と言うんです。「そこまで分かってんのやったら、何故それを県の人にも言うてくれんのな」と僕が太一ちゃんに言うたんですよ。 「いや、わしの言うことを聞くような世の中と違う」

 

なるほど、これは問題やな……。僕は、そっちのほうが大きな問題やなと思いました。結局、こういう人の話を聞く耳が今の人にはなくなったということです。

 

栗栖太一さんは、もう3年前(1995年)に91歳で亡くなったんです。土の中から出てきた、こういう太一ちゃんみたいな人たちの話が本当の自然の真理だろうと思います。こういうのをできるだけ生かしていけるような、そういう将来を考えてほしいと思うんです。  昔のことを思い出しながらえらい長いこと喋りましたが、ここで終わりたいと思います。 (当会刊行の「明日なき森」に収録の1998年10月24日の「いちいがしの会」、1999年8月5日の近畿ダム協議会の各講演より要約)