崖地は弱い植物の安息場所

 

太一ちゃんは、それ以外にもいっぱい植物を探してくるんですよ。「こんなシダ探してきた」と言うて。  実は、めったにないこんな大きなタキミシダを見つけて喜んでいたら、「そい、タキミシダと言うんか?」と言うてきたんです。僕が知っていて太一ちゃんが知らんから悦に入ってたら、「そいはな、和田へ行ったらどこそこの谷の、あそこの岩に何本か生えとる」とか、「こっちの宇井郷(ういごう)にも何本かあったな」と言うんや。なんや知らんけど、あの人、自分で植えたみたいに言うんです。なんか、うっかり採ってきやれんようになってしもて、「ああ、あそこの株とってきたんか」とか言われそうでね。

 

それで、あまりにも植物のことをよう知っとるさかいに、秋、炭焼き窯で昼飯を食いながら、「おいやん、何故そがいに知ってるんな」と聞いたら、「うん、わし好きやからな。ただね、お前らと違うんはね、わしここに住んでるさかいや」って言うんです。  「やっぱりね、町に住んでいてね、ヒョコヒョコと出かけてきてね、だいぶ熱心に歩くけども、そがな歩く程度じゃな……やっぱり住まな分からん」と言われた。で、「ほな、僕も住もうやないか」と思って、週末の土日はだいぶ炭焼き小屋に泊めてもらいました。

 

それで僕が行くたびに、考えられんような珍しい植物を「ほい、こいどうな」と見せてくれるんです。その植物が、なんとまだ本州では記録にない珍しい植物だったり、あるいは長野県あたりの山岳地帯に生えているような植物を、「おい、そこに生えとったぞ。下の谷で拾うてきたぞ」と言って見せてくれるんですよ。近畿の南の大塔山に八ヶ岳あたりの上にしか生えないとされている植物が生えてるんです。「いったい、どうやって見つけてくるんな?」と聞いたら、「コツがある。こんなもん、どこ探してもあるもんと違う。生えたあるとこに生えたある。そりゃその通りで、「生えたあるとこ、どこな?」と聞いたら、「お前が通って来たとこや」と。

 

日置川の中流に峡谷があって非常に深い谷がある。その峡谷の岩の隙間を探したら、そういう植物ある。  おしえてもらった場所に行くと、ちゃんとあるんですな。たとえば、そのときびっくりしたのがヒメイワカガミです。山に登る人だったらご存じと思いますが、これは明らかに高山植物と言われているものです。中央アルプスの、2600メートルぐらいの岩山にたくさんある。そのヒメイワカガミが大塔にたくさんある……それも全部崖にある。そのつもりで調べてみたらたくさんあって、すごい話だと思って僕もだんだんと太一ちゃんの教えを非常に大切にしながら大塔の植物を調べました。

 

結局ね、おじやんの言うところの崖地にそういう珍しい植物がある。そこは人が採らんからや。たしかに、人が行けませんわね。もうひとつ大事なのは、そこにほかの植物が生えんからや。ほかの植物が生えたら競争して負けるような珍しい植物が、そんな崖地にあるんです。そうこうしているうちに、こんなん言いだした。 「崖地は植物の逃げ込むところや」  ここは、そういうほかの植物に負けるような植物が逃げる場所や、と。僕はそれで目の前が明るくなったような、植物というものの生活がかなりそこで分かったような気になったんです。