糞するさかい糞あんねや

 

そして、正月すぎに行ったんです。テントを張って、テントを温(ぬく)うしてな、御坊商工の細田君がもうなんせ孫になったみたいに一生懸命に大事にするわけや。いろいろいっぱい動物の話を教えてくれるさかいに。結局、みんなを連れて、もう一度山の中を太一ちゃんに歩いてもろたんです。さっきのサンショウウオの話もそのときのことです。

 

途中で「ああ、こいはサル齧っとるな」というて、なんせいろいろの動物がみんな目に見えるようなんです。で、行ってみたらチラホラ雪が残っているんです。そんなところでね、「おーい見てみい。この雪の下に糞あるで」と言うんや。それで雪を掻いてみたけど、ないんですね。で、「落ち葉の下か?」というて掻いたら、これがちゃんとあんね。僕らがよう見つけんかった糞をいっぱい見つけたんです。

 

結局、250haを丸3日かかって全部歩いた。でも、僕らは全部歩いたとこやからちっとも珍しくない。太一ちゃんは初めてなんですが、僕らの見つけてないカモシカの糞をいっぱい見つけてくるわけです。「なぜ、分かるんな?」て聞いたら、「いやあ、ここへ来たらな、カモシカ糞しとうなるんや」と言うんです。ほんとですよ。  やっぱりね、そのつもりで見たら、こういう崖を背負ってちょっと平になったところ、そいから、きついとこでちょっと棚になったところの周りに木が生えとって、もしイヌとかが来てもどこへでも逃げられる場所でしかしていない。ほやけど、太一ちゃんはそんなことは言うてくれんさかの。

「そがなん、ここへ来たら糞すんねやらよ。糞するさかいに糞あんねや」  当たり前の話ですな。そうやって結局丸3日が経ち、3日目の晩だったけね、テントの中で「そうよなあ」と言うて考えとるんですよ。「あそこのやつとあの糞とは一緒や」と、頭のなかすべてに糞が入っとるんですよ。「あいとあいは一緒で、あっちはこいと別で、こいつはこっちへ走って」てなことをボソボソ言うてると思ったら、「そうやなあ、15匹やな。ほいで、まあ2匹くらい折々(時々)こっちへ遊びに来とるなあ」と言うたんです。

「ああ、僕らの計算はありゃ合(お)うてた」  計算式では17.5となったけども、棲んでるのは15匹やと。で、2匹くらいは外側におって、こっちへ遊びに来んね、というように書いたら17.5で合うやないの。  ほいで、そうやって報告書を出したんです。その論文どうなったと思います? 全国の動物学者から総スカンくろて。なにしろ、太一ちゃんに検証してもろて「これやったら確かや」と結論を出したら、「あれはヤケ(デタラメ)や」ということになって、九州大学の先生なんか笑ろてたという話です。  ところがです。もちろん、最初に森下先生のとこへ持っていったんですよ。そのときはもう京大の名誉教授ですからね。その先生のとこへ持っていったら読んでくれてね。

「ここがいちばんええ、最後の締めくくりが。この、太一ちゃんに見てもろた、というのがええ」 「科学のね、自然科学のいわゆるフィールドのこういうような調査法というのは、これがなけりゃあかん」て言うてくれたです。  もう、僕らそれだけで大満足しまして……。だいぶよそから言われたけど、もう、よそから何を言われたて怖くない。ほんとに嬉しかったです。で、そのときにね、このような調査をしてたらみんなものすごく太一ちゃんに心酔してもて、ファンになってしまった。

 

そのファンのなかで、今、田辺高校の先生している鈴木昌先生(本来は地球科学が専門やけど、フィールドに出たらえらい馬力ある)がね、「あそこまでものをよう見て正確に考えなあかん」というようなことを話してたら、山の上に雪がちらほら残っているところに足跡があってね、それを見た鈴木先生が、「おお、おいやん、こいカモシカ、イヌに追われたん違うか」と言うたら、太一ちゃんもよう見とってね、「ちゃうなあ」って一言です。 「こいな、カモシカが歩いてな、2時間くらい経ってからイヌが後ろからついて歩いてん。その証拠にな、イヌが臭い嗅ぎもて歩いたある」って言うて、「カモシカは逃げてない」と言うです。

 

「カモシカが逃げたら走るからね、爪がパッと開いて後ろ蹴るでしょ。そういう足跡になってないから、カモシカゆっくりトコトコ歩いたある。その後ろをイヌのほうは地面に鼻をつけもうて歩いたら、前足と後ろ足の力のかかり方違うでしょ。ほやから、こいは……」と、ここまで言うてくれたら分かるけど、「ちゃうなあ、こいはイヌがあとから嗅ぎもて歩いたな」てなくらいで言われたら、「何故、そい分かるん?」て。なんせ、きっちり問わなんだら教えてくれんさかね。これ聞いて、もうみんな納得してん。

 

そして、ずっと下りてきてだんだん県有林に入ってきたら、こんな崖に山崩れの跡があったです。そこにイヌとカモシカの足跡があって、今度は足が開いてあってビッと跳ね飛んでて、後ろではイヌの足跡も跳ねとるんです。「こいこそ、間違いなしにカモシカをイヌ追うたな」て言うたら、太一ちゃんは、「このカモシカ逃げ切ったなあ、イヌのほうが力弱っとる」と言うたんです。